- 坂東龍汰の父の破天荒エピソード
- 坂東龍汰の父は現在どこで何の仕事をしているのか
- 坂東龍汰の父が息子の俳優の夢を反対してたのはなぜ?
ドラマ「ライオンの隠れ家」など様々な映画・ドラマ作品に出演し、着実に演技派俳優としての階段を登っている俳優の坂東龍汰さん。
ニューヨーク出身という珍しい経歴を持つ坂東龍汰さんには、とても個性的な父がいるそうなのです。
一体どんな父親なのか気になりますよね?
この記事では坂東龍汰さんの父親のエピソードについて詳しく紹介します!
坂東龍汰の父の破天荒エピソード!
僕の家族は、なんか変なんです(笑)。みんな自分のやりたいことを追求する人たちで、中でも父はとにかくヤバイ、破天荒! 19歳で映画監督を目指してカリフォルニアに行き、その後なぜか諦めてNYで技工士の会社を立ち上げ、そこで陶芸を教えていたユニークな母と出会い結婚。姉と僕が生まれてから、キャーンと方向転換して「農業しようぜ! 自給自足だ‼」と北海道へ戻り、5年かけて一人で家を建てて、今はワインをつくっています。
引用:viviインタビューより
坂東龍汰さんの父親の経歴やエピソードは以下のとおりです。
- 19歳で映画監督を目指し渡米
- 諦めてニューヨークで歯科技工士として起業
- 陶芸家のユニーク母と結婚
- 姉と坂東龍汰さんが生まれる
- 帰国して北海道で農業を始め自給自足生活を始める
- 5年かけて自分で家を建てる
決して平凡とは言えない経歴だということがわかりますね!
情報によると、坂東龍汰さんの父親が経営しているのは仲洞爺バイオダイナミックファーム』というところらしいです!
『化学肥料を使わないこだわりの製法でワインなどの製造をしているようですね!
映画監督や歯科技工士などの経歴を振り返っても様々なことにチェレンジされているのがわかります。
坂東龍汰の父は映画好きだが息子の夢には反対だった?
父は坂東龍汰さんが俳優になることを最初は反対していたようです。
坂東家はテレビ禁止!しかし映画は特別OKだった
坂東龍汰さんはシュタイナー教育の学校出身です。(父が学校の設立に関わったという情報もあり)
シュタイナー教育は感覚を育てるために、テレビやゲームの使用を禁止してるため坂東龍汰さんも基本的にはテレビを観なかったそうです。
しかし、映画好きの父の意向で、週に一度映画を観ることは許されていたとのことで、レンタルショップから借りて映画を観るのがとても楽しみだったそうです。
父は坂東龍汰が俳優を目指すのに反対だった?
昔、破天荒な父から「東京に行っても役者になんかなれない。でかい壁にぶち当たって粉々になって、お前も畑を耕すんだ!」と言われたことがあって。この言葉はかなり大きかった。
引用:viviインタビューより
坂東龍汰さんはその言葉に反発し、高校卒業後に旅館に住み込みで働いてお金を稼ぎ単身上京。
絵に描いたような下積み時代を送りながら俳優デビューしました。
僕の実家はワイナリーをやっていて、僕自身はそこを継ぐか継がないかという話はしたことがなかったんですけど、どこかで『親父はもしかしたらやってほしいっていう気持ちがあったりしたのかな』って考えたことがありました。
引用:TVガイドインタビューより
坂東龍汰さんの父は元々大の映画好きで監督を目指していたくらいですから、本心では俳優を目指したいという息子の夢を嬉しく感じていたのかもしれません。
しかし、映画監督になるためにアメリカに渡ってからの自分自身の経験や厳しい現実から、俳優の道が想像以上に険しい道であるということもよくわかっていたのでしょう。
子供たちの教育にも熱心な父親ならば尚更、息子・龍汰さんには苦労してほしくない気持ちもあったのではないでしょうか。
しかし、結果的にそんな父の厳しい言葉が着火剤となり、坂東龍汰さんは多くのドラマや映画に出演し、メキメキと演技派俳優としての頭角を表しています。
2022年に主演した映画『フタリノセカイ』では日本映画批評家大賞・新人男優賞を受賞しました。
厳しい言葉をかけていた坂東龍汰さんの父も、今ではSNSで息子の出演作品を宣伝したり、心から応援しているようです!
まとめ
坂東龍汰さんの父の破天荒エピソードは以下のとおりです。
- 19歳で映画監督を目指し渡米
- 諦めてニューヨークで歯科技工士として起業
- 陶芸家のユニーク母と結婚
- 姉と坂東龍汰さんが生まれる
- 帰国して北海道で農業を始め自給自足生活を始める
- 5年かけて自分で家を建てる
- 現在はワイナリーを経営
- シュタイナー教育の学校の設立にも携わった
坂東龍汰さんの父は、最初は龍汰さんが俳優になることを反対していたそうですが、今では応援してくれているようです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。